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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和62年(ラ)23号 決定 1987年11月30日

抗告人

福井商銀信用組合

右代表者代表理事

李鎮哲

右訴訟代理人弁護士

前波実

相手方

小林良雄

主文

一  原決定を取消す。

二  抗告人において金三〇〇万円の保証を立てることを条件として、

1  相手方は、別紙物件目録記載の土地上に建物その他の工作物を建築し、又は建築中の工事を続行してはならない。

2  同目録記載の土地について、相手方の占有を解いて、これを抗告人が委任する執行官に保管させる。この場合において、執行官はその保管していることを公示するために、適当な方法をとらなければならない。

三  手続費用は第一・二審を通じて相手方の負担とする。

理由

一抗告の趣旨及び理由

別紙抗告状記載のとおり

二当裁判所の判断

1  一件記録によると、別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という)をめぐる権利関係は、次のとおりであることが認められる。

(一)  本件土地は、昭和三六年から昭和四一年にかけて朴三煕が売買により所有権を取得し、昭和五四年一二月九日朴載得が相続によりその所有権を取得した。

(二)  抗告人は、株式会社川島組(代表取締役は当初朴三煕、その後朴載得)との間で手形割引及び手形貸付契約を締結し、同契約に基づき川島組に対して有する債権を担保するため、当時更地であつた本件土地上に、昭和四五年七月三一日極度額二〇〇〇万円、昭和四七年一二月二五日極度額一八〇〇万円の各根抵当権設定登記をした。本件根抵当権設定契約では、根抵当権設定者が本件土地上に建物を建築した場合には、その建物も担保として提供すること、根抵当権設定者は、本件土地につき第三者のために用益権を設定したり、第三者に使用収益させてはならないとの特約が付されていた。抗告人は、本件土地の担保価値を更地として評価し、それを前提として川島組に対し融資を行つていた。

(三)  川島組は、昭和六一年三月二七日銀行取引停止処分を受けて倒産したが、倒産時点での負債総額は四億八〇〇〇万円にも上つた。そこで、抗告人は、昭和六二年八月二四日福井地方裁判所敦賀支部へ本件土地につき競売の申立をし、同日付で競売手続開始決定がなされて本件土地につき差押登記がなされ、現在競売手続が進行中である。

(四)  ところで、株式会社マルコーは、昭和六一年二月川島組に融資し、本件土地上に極度額四〇〇〇万円の根抵当権設定登記、根抵当権確定債権の債務不履行を条件とする条件付賃借権設定仮登記、代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権仮登記を設定していた。朴載得は、昭和六二年五月前記マルコーのオーナーである正木から本件土地を相手方に無償で貸してやつてくれないか、相手方は化粧品販売を営んでおり敦賀営業所を開設する予定である、と頼まれ、マルコーに対する借入金の返済が滞つていて断わることもできなかつたので、その圧力に屈し、同月一八日相手方との間で鉄骨造建物所有を目的とする期間二〇年の地上権設定契約を締結し、同月二一日本件土地上に相手方を権利者とする地上権設定登記をした。なお、朴載得は、右地上権設定契約締結以降、相手方や正木からは権利金、地代等の名目いかんを問わず対価を一切受領していない。

(五)  相手方は、昭和六二年八月三〇日付で建築確認を受け、同年九月二〇日ころから本件土地上に間口、奥行ともに約六間の鉄骨陸屋根式二階建建物の建築工事を始め、現在鉄骨、外壁、陸屋根工事を終え、内装工事にとりかかる段階にある。しかし、相手方は、長野県塩尻市に住む二三歳の青年であり、敦賀市に営業所を設ける程手広く化粧品販売業を営んでいるとはとうてい認められず、当裁判所からの審尋期日の呼出にも応じない。

2  ところで、抵当権は、抵当権設定者から抵当不動産の使用収益権を奪うことなく交換価値のみを把握し、被担保債権が弁済されない場合に抵当不動産を換価して優先弁済を受ける権利であるから、抵当権設定者は、抵当権設定後も他人のために用益権を設定することも可能であり、抵当権設定者から設定を受けた用益者が抵当不動産を占有使用することを禁止するものではない。もつとも、更地の抵当土地の上に右用益権者によつて建物が建築されると、右建物による土地の占有権原が抵当権者や競売の買受人に対抗し得なくても、事実上抵当土地の売却が困難となり売却価格が下落することは否定できないが、右用益権者が抵当土地の上に建物を建築することは、抵当土地の通常の使用収益方法の一態様としてのものであれば原則として抵当権を違法に侵害するものとはいえない。しかしながら、用益権の行使であつても、それが権利の濫用であつて、抵当権者の権利の実現を不当に妨害するものと認められる場合には、抵当権に対する違法な侵害となり、抵当権者は、抵当権に基づく妨害排除請求権を被保全権利として、各種の仮処分を求めることもできると解するのが相当である。

3  これを本件についてみるに、前記認定によると、相手方は朴載得が倒産し、本件土地に対する抵当権の実行が近く予定されている時期に、朴載得から本件土地について建物所有を目的とし、期間を二〇年とする地上権の設定を受け、競売開始決定による差押登記後に堅固な建物の建築を始めたのであり、用益契約の内容は競売手続の進行を無視すること甚だしく、しかも、朴載得は、マルコーの正木から相手方に本件土地を貸してやつてくれと圧力をかけられ、マルコーに対する借入金の支払が滞つていることからやむなくこれに応じたが相手方や正木からは一銭の対価も受領しておらず、とうてい正常な経済取引と目されるものでもなく、更に、相手方は果して実質上の建築主であるかどうかも疑わしく、正木の支配下にあるとも考えられ、実質上の当事者が誰であるか判り難く、従つて、本件土地上に鉄骨二階建建物(延べ床面積は約七〇坪)が建つてしまうと、本件土地の競売による売却が困難となり、売却価格にも影響することは明らかであり、これら事情を総合すると、相手方が本件土地上に建物を建築するのは、抵当権者の権利の実現を不当に妨害し、抵当権者に損害を与える意図により行われたものと推認でき、抵当土地の通常の用益の範囲を越えるものであつて、かかる用益権の行使は権利の濫用であることが認められる。そうだとすると、相手方が本件土地上に建物を建築することは、抗告人の本件土地上の根抵当権に対する違法な侵害となることが明らかであるから、本件建築禁止仮処分の被保全権利の存在については、疎明があるというべきである。また、右侵害の態様の不透明さに照らすと、抗告人は、本件土地の現状を保持し、その交換価値の不当な減少を妨ぐために、仮の地位を定める仮処分として、相手方の本件土地に対する占有を排除し、執行官の保管に対する仮処分の必要性も肯定すべきものと解するのが相当である。

4  よつて、抗告人の本件仮処分の申請は理由があるので、これを却下した原決定を取消し、抗告人が金三〇〇万円の保証を立てることを条件として、建築禁止、執行官保管の仮処分を命ずることとし、手続費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官井上孝一 裁判官井垣敏生 裁判官紙浦健二)

別紙抗告状<省略>

別紙物件目録<省略>

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